ゴンタ                気ままな日記です。


by gonta_i
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# by gonta_i | 2005-10-02 00:33 | 管理人について

バリ島で再び爆弾テロ

 再び追記: 2005-10-02, 8:50PM:
BBCによると、外国人を含む少なくとも26人が死亡(の見込み)、
100人以上が負傷したとのこと。
判明した17人の遺体の身元は、日本人1人、オーストラリア人2人、
インドネシア人14人。「第二のバリのテロ(Bom Bali Ⅱ)」という名称がつけられ始めている。


※ 追記: 2005-10-02,01:01AM:
テロによる死者は19人まで増加。負傷者はさらに多数出ている模様。
爆発があったのは、欧米などからの観光客が多い繁華街のクタ地区と海岸沿いのジンバラン地区。うち、1回は現地時間19:42(日本では20:42)頃、クタ、クタ・スクエアの3階建てのレストラン「Raja's」。あと2回は、ジンバラン地区の高級ホテル前で爆発した。
(情報源:http://www.detik.com/http://news.bbc.co.uk/2/hi/default.stm

※ 追記: 2005-10-02, 9:00PM現在では、インドネシアのテレビ局SCTVより、視聴者が撮っていた爆発の瞬間の映像が見られます。
手順は、「Penyandang Ransel Memasuki Kafe, Dan...Boom!」をクリック→画像の中の再生ボタン(右側)をクリック。
映像開始後1分後に爆発の瞬間が来ます。

BBCでも別の爆発瞬間の映像が見られます。手順は、こちらをクリック→トップ記事内の「Video:Tourist films blast」をクリック。

両方の映像に見る爆発はそれほど大きくはなさそう。

※ 現地発行の邦字新聞「じゃかるた新聞」http://www.jakartashimbun.com/の情報が日本語で読めるなかではいちばん詳しいです。
追記:2005-10-03,09:00AM時点で、このページは開かなくなっていました。

※ 以下、引用。
http://www.asahi.com/international/update/1001/015.html
バリ島で爆弾テロ、8人死亡 負傷者30人以上
 インドネシアの代表的観光地バリ島で1日午後7時半(日本時間同8時半)ごろ、2カ所でほぼ同時に爆発があり、外国人4人を含む少なくとも8人が死亡し、30人以上が負傷した。同国当局者は「明らかにテロリストによる爆弾テロだ」と断定した。ユドヨノ大統領もテロを非難、首都ジャカルタから現地に向かった。
 爆発があったのは、バリ島南部のジンバラン海岸とその近くのクタ地区の中心部。ジンバラン海岸はシーフード料理のレストランなどが集まり、観光客でにぎわう場所で、午後8時ごろ、数回爆発があり、欧米人の観光客3人が負傷し、地元住民に運ばれたのが目撃されたという。その約10分後、クタ地区のショッピングセンターでも、爆発があったという。 (中略)
 バリ島では02年10月、クタ地区の繁華街で爆弾テロがあり、ディスコの客ら200人以上が死亡している。東南アジアを地盤とするイスラム原理主義勢力のジェマー・イスラミア(JI)の幹部が首謀者として逮捕され、実刑判決を受けている。
 また、首都ジャカルタでも03年8月に米国系高級ホテルで、04年9月に豪大使館前で爆弾テロがあり、合わせて20人以上が死亡した。いずれもJIが関係していると捜査当局などはみている。 2005年10月01日23時23分

また起こってしまった。前回バリ島でテロ事件が起きたのは2002年9月12日。
あのときは、ボクはテロ発生10日前までバリにいた。

インドネシアでは、3年連続で、9月前後に、外国人を巻き込んだテロが起こっていたから、今年もありうるとは思っていた。
そして、もう忘れかけていた頃に起こった。しかも再びバリ島で。
これで、インドネシアでは外国人を狙って起きたテロが4年連続となった。

2003年8月にバリを再訪したとき、みやげ物屋やレストランの主人が、「バリはもう安全だ。」「われわれバリ人は安全に非常に気を配っているから、日本の友人にバリは安全だと伝えてほしい」、と話していたのが印象的であった。

そのときはバリに来る観光客の数がようやく回復し始めていたころだった。しかし、3年間で2回もテロが起これば、世界有数の観光地とはいえ、当分の間客足が遠のくのは避けられないだろう。
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# by gonta_i | 2005-10-01 23:26 | インドネシア

受験1日目

かなりプレッシャーのかかった大学院の試験(一次・二次)が今日終わりました。

試験が終わって、いまは、ホッとしているけれど、結果が出るまでは正直不安が残ります。

ここでは、きのう、今日と続いた試験について報告したいと思います

まずは、1日目。

実は、前日に帰省し、試験は二日とも実家のある岐阜から受験地の京都市内まで朝いちの新幹線で行きました。

集合時間が8:30AMだったので、朝5時起床。夏休みは、不規則な生活が続いていたから、しんどかった。

朝6時半の始発に乗る。新幹線はやっぱり速い、40分で京都駅に到着、そこから地下鉄などを乗り継いで、試験会場に着いたのが8:10AM。すでに10人以上いたが、みんなノートを開いたりして勉強していたので、嫌気がさしてボクはトイレに直行。集合時間5分前に集合し、試験室へ。

一次試験の科目は英語と専門科目。配点は100点×2。

9時に英語の試験開始。試験時間は90分。
実はここの過去問を4年分解いておいたのだが、時間内に終わったのは1回だけ。
だから、開始早々、全速力で問題を解く。10:27頃に解答終了。
よし、時間内にできたぞ!と思って軽く見直しをする。しかし!

自分で書いた文字がだだくさすぎて読めない(´ロ`)/汗汗。

なんてこった。仕方なく、そのまま提出。

30分の休憩を挟んで、次は専門科目の試験。120分。

問題は何年か前の過去問とほぼ同じ。1600字以内の作文。
えっ、1600字!みっちり書けば原稿用紙4枚分。
見た瞬間に、そんなにも書けんわ!と思って焦る
結局初めの1時間は書く内容を練っていて筆が動かず、時間に追われるように書き出す。
朝ドリンクを飲んだの(利尿作用大)と、緊張のせいで、どうしようもなくトイレに行きたくなる。トイレに行けば時間を損すると思って我慢することに。
しかし、結局は気が散って集中力が続かず、逆効果だった。

残り15分でまだ800字過ぎたあたりで、激ヤバ。
結局最後は英語の試験以上の走り書きで、1200字弱書いたところで、「解答やめ」の合図。
やはり、詰めの甘い作文になってしまったと時間配分を悔やむことに。

帰りの電車の中では、あそこがまずい、あそこが間違っとるというのが次々と出てきて、かなりヘコむ(´ロ`) さらに、朝から緊張しつつけていたのと、長時間の試験せいで、疲れ方がひどい。

しかもつらいのは、一次試験の結果は次の日(つまり今日)の朝8:30貼り出しで、合格者はそのまま二次試験の面接を受けるのだが、ダメだった人はその場でおしまい。
わざわざ京都まで行って、試験結果だけみて帰ることになってしまったら、こんなにアホらしいことはないのである。

「受験2日目」
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# by gonta_i | 2005-09-30 20:21

受験2日目

2日目。

今日も朝5時起き。岐阜羽島から始発のこだまに飛び乗る。

会場の研究所には8時過ぎに到着。8時半、きのうの一次試験の結果発表。
自信はない。番号がなくてそのままトンボ帰りとなるのも惨めだし、通ったとして面接を受けるのも気が重い。やりきれなくなる。

あった、張り出しを見たら自分の番号があった。
とりあえず、よかった、ホッとした。そのまま面接へ。

しかし、またこの二次試験の面接がしんどい。
面接は1対教官全員(15~20人)の圧迫面接。時間は15分間。
自分の面接時間の30分前から会場教室近くで待っていたが、
部屋から出てくる人はみんな顔面蒼白、相当突っ込まれたようだった

自分の番がきた。覚悟をして、面接室へ。

入るとやはり、自分を囲むように先生方がズラリと座っていた。見たところ、助教授以上の教官が17,8人ほど。
緊張はほぐれていたが、全員に睨まれているような脅迫感があり、かなり固まる。自己紹介で始まったが、言葉がどもってしまった。

結論を先から言うと、面接はまあまあの手ごたえ。質問してほしいことを、教官がきいてくれた(つまり命中)のと、聞かれて分からないことは知ったかぶりをせず、「分かりません。それは今後の課題としたいです。」と答えておいたのがよかったようだ。
あと、コンタクトはつけず、わざと度の狂った眼鏡をかけていったため、遠くに座っている面接官の先生たちの顔がよく見えず、中盤以降はほどよい緊張のなかで質問に答えられた。

とりあえずは、こんな感じ。最終結果発表は、10月6日だが(早っ!)、どういう結果でも自分の実力だから素直に受け入れようと思っている。
e0075624_2037851.jpg
↑一次試験の結果貼り出し(47)
---
追記 2005-10-06:
今日の夕方、二次試験の結果発表がありました。
母親が観光がてらに見に行っていました。夜、実家に戻った母(携帯を持っていない)から電話があり、合格していたとの報告を受けました。
ボクを応援してくれたすべての人に感謝します。
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# by gonta_i | 2005-09-30 20:18

帰省

今日から少々の間、帰省します。
大学院受験のため。
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# by gonta_i | 2005-09-27 01:06
きのうに引き続き「Google Earth」、
今日はインドネシアのいろいろな箇所を見た。

ここでは、そのなかで2つをピックアップしたい。
e0075624_115281.jpg
まずは、昨年12月末のスマトラ沖地震・インド洋津波で大きな被害を被った、
アチェ(NAD)州・州都、バンダアチェの上空写真(写真をクリックすると拡大されます)。
青くなっている部分が、津波の被害を受けた地帯なのだろう。しかし、津波前の上空写真がないので、比較ができない。

次は森林破壊。下は、スマトラ島中部のマラッカ海峡沿岸上空の衛星写真(写真をクリックすると拡大されます)。
e0075624_1154494.jpg
写真右方に見える赤字の
Dumai(ドゥマイ)というまちを、2004年春に訪れたことがある。
シンガポールの対岸、バタム島(インドネシア領)から乗ったフェリーの終着地だったからだ。
ここはスマトラ最大の原油輸出港となっていて、多くのタンカーが沖に停泊していた。タンカーがあまりに大きく、自分の乗っていた高速フェリーが木の葉のように思えたくらいであった。ドゥマイの海岸沿いには、石油コンビナートが並んでいた(ズームアップすると、コンビナート群やタンカーも見えた)。

このときは、ドゥマイから乗り合いバスに乗って、内陸の町に向かった。
道沿いの光景は期待に反して、木を切り倒して開いた耕地や草地ばかりで、
まったく森林を見かけなかった。そのときからこの地方の熱帯雨林がまだ残っているのかが気になっていたが、内陸の熱帯雨林がかなり広い範囲にわたってなくなっているようである。

インドネシア国内では、他にもカリマンタン島中部の熱帯雨林が破壊されつつあるのが、よく見えた(バンジャルマシン北方)。パプア(イリアンジャヤ)州(ニューギニア島西半分)の森林は、ボクが見た限りでは、ほぼ緑一面であった。

緑の熱帯雨林が食いつぶされているように見えるのは、痛々しい。
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# by gonta_i | 2005-09-26 01:20 | インドネシア

Google Earth

Google Earthというプログラムを最近インストールし、
ときどき遊んでいる。
いろいろな地域の鳥瞰図が簡単にみることができて楽しい。

宇宙飛行士になって地球を眺めた気分になれる。そして、地表に近づいていくと、模型のような町並みや、おもちゃのような車とかも見えてくる。
今の自分がいる部屋に隕石が落ちるシュミレーションもできた。

岐阜を見てみようと思ったけれど、マイナーな地域はズームアップしてもよく見えない。でも楽しい。
(岐阜県でも、軍事施設のある各務原市だけはかなり細かく見られる・・・。)

岐阜、東京、インドネシア、北朝鮮、オーストラリアなどを見た。

興味のある方はhttp://earth.google.com/をクリック!
はまりすぎに注意!
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↑ご近所をパチリ(画像を縮小してます)。
e0075624_16374157.jpg
愛知万博会場上空。「環境」を銘打ってるわりには、けっこう森を破壊してるような気が・・・。ま、成功だったようでなにより。
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# by gonta_i | 2005-09-25 02:50 | 日常