ゴンタ                気ままな日記です。


by gonta_i
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by gonta_i | 2005-09-30 20:21

受験2日目

2日目。

今日も朝5時起き。岐阜羽島から始発のこだまに飛び乗る。

会場の研究所には8時過ぎに到着。8時半、きのうの一次試験の結果発表。
自信はない。番号がなくてそのままトンボ帰りとなるのも惨めだし、通ったとして面接を受けるのも気が重い。やりきれなくなる。

あった、張り出しを見たら自分の番号があった。
とりあえず、よかった、ホッとした。そのまま面接へ。

しかし、またこの二次試験の面接がしんどい。
面接は1対教官全員(15~20人)の圧迫面接。時間は15分間。
自分の面接時間の30分前から会場教室近くで待っていたが、
部屋から出てくる人はみんな顔面蒼白、相当突っ込まれたようだった

自分の番がきた。覚悟をして、面接室へ。

入るとやはり、自分を囲むように先生方がズラリと座っていた。見たところ、助教授以上の教官が17,8人ほど。
緊張はほぐれていたが、全員に睨まれているような脅迫感があり、かなり固まる。自己紹介で始まったが、言葉がどもってしまった。

結論を先から言うと、面接はまあまあの手ごたえ。質問してほしいことを、教官がきいてくれた(つまり命中)のと、聞かれて分からないことは知ったかぶりをせず、「分かりません。それは今後の課題としたいです。」と答えておいたのがよかったようだ。
あと、コンタクトはつけず、わざと度の狂った眼鏡をかけていったため、遠くに座っている面接官の先生たちの顔がよく見えず、中盤以降はほどよい緊張のなかで質問に答えられた。

とりあえずは、こんな感じ。最終結果発表は、10月6日だが(早っ!)、どういう結果でも自分の実力だから素直に受け入れようと思っている。
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↑一次試験の結果貼り出し(47)
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追記 2005-10-06:
今日の夕方、二次試験の結果発表がありました。
母親が観光がてらに見に行っていました。夜、実家に戻った母(携帯を持っていない)から電話があり、合格していたとの報告を受けました。
ボクを応援してくれたすべての人に感謝します。
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by gonta_i | 2005-09-30 20:18

帰省

今日から少々の間、帰省します。
大学院受験のため。
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by gonta_i | 2005-09-27 01:06
きのうに引き続き「Google Earth」、
今日はインドネシアのいろいろな箇所を見た。

ここでは、そのなかで2つをピックアップしたい。
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まずは、昨年12月末のスマトラ沖地震・インド洋津波で大きな被害を被った、
アチェ(NAD)州・州都、バンダアチェの上空写真(写真をクリックすると拡大されます)。
青くなっている部分が、津波の被害を受けた地帯なのだろう。しかし、津波前の上空写真がないので、比較ができない。

次は森林破壊。下は、スマトラ島中部のマラッカ海峡沿岸上空の衛星写真(写真をクリックすると拡大されます)。
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写真右方に見える赤字の
Dumai(ドゥマイ)というまちを、2004年春に訪れたことがある。
シンガポールの対岸、バタム島(インドネシア領)から乗ったフェリーの終着地だったからだ。
ここはスマトラ最大の原油輸出港となっていて、多くのタンカーが沖に停泊していた。タンカーがあまりに大きく、自分の乗っていた高速フェリーが木の葉のように思えたくらいであった。ドゥマイの海岸沿いには、石油コンビナートが並んでいた(ズームアップすると、コンビナート群やタンカーも見えた)。

このときは、ドゥマイから乗り合いバスに乗って、内陸の町に向かった。
道沿いの光景は期待に反して、木を切り倒して開いた耕地や草地ばかりで、
まったく森林を見かけなかった。そのときからこの地方の熱帯雨林がまだ残っているのかが気になっていたが、内陸の熱帯雨林がかなり広い範囲にわたってなくなっているようである。

インドネシア国内では、他にもカリマンタン島中部の熱帯雨林が破壊されつつあるのが、よく見えた(バンジャルマシン北方)。パプア(イリアンジャヤ)州(ニューギニア島西半分)の森林は、ボクが見た限りでは、ほぼ緑一面であった。

緑の熱帯雨林が食いつぶされているように見えるのは、痛々しい。
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by gonta_i | 2005-09-26 01:20 | インドネシア

Google Earth

Google Earthというプログラムを最近インストールし、
ときどき遊んでいる。
いろいろな地域の鳥瞰図が簡単にみることができて楽しい。

宇宙飛行士になって地球を眺めた気分になれる。そして、地表に近づいていくと、模型のような町並みや、おもちゃのような車とかも見えてくる。
今の自分がいる部屋に隕石が落ちるシュミレーションもできた。

岐阜を見てみようと思ったけれど、マイナーな地域はズームアップしてもよく見えない。でも楽しい。
(岐阜県でも、軍事施設のある各務原市だけはかなり細かく見られる・・・。)

岐阜、東京、インドネシア、北朝鮮、オーストラリアなどを見た。

興味のある方はhttp://earth.google.com/をクリック!
はまりすぎに注意!
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↑ご近所をパチリ(画像を縮小してます)。
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愛知万博会場上空。「環境」を銘打ってるわりには、けっこう森を破壊してるような気が・・・。ま、成功だったようでなにより。
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by gonta_i | 2005-09-25 02:50 | 日常

秋は夕暮れ。

今日は秋分の日だ。つい2週間ほど前はまだ残暑が感じられたが、近頃は、昼間の蝉の鳴き声が聞こえてこなくなったし、夕方・夜にはかなり涼しくなってきている。一応、今日を境に昼夜の長さが逆転していくわけだが、いよいよ秋がやってきたという気がして心が弾む。

3、4日前までは、快晴の日が続いていたけれど、たそがれどきの空はなかなかいいものだった。
東京ははっきりいって、建物に阻まれて空が見づらい。僕の住んでいる学生寮は幸い高台の住宅地にあり、屋上に上るとけっこう遠くまで見渡せる。(写真は新宿方面のたそがれ時のそら、2005-09-17)
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「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、
からすの寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などのつらねてたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。
日いりはてて、風の音、虫の音などはた言ふべきにあらず」

『枕草子』の第一段の有名な一節。以下、簡単な訳。

「秋は夕暮れ。夕日がさして山の端にたいそう近くなったころに、烏がねぐらに帰るというので、三羽四羽、あるいは二羽三羽などと飛んでいくのはしみじみとした趣がある。まして雁などが列をなしたのが、小さく見えるのはたいへん風情がある。日がすっかり沈んで、風の音や虫の音などが聞こえてくるのも、また言いようもないほどである。」

夕日とか、空を意識するようになったのは、インドネシアに行ってから。
バリの夕日はきれいだって聞いて、見たんだけど、実際見たら、日本でも、条件のいい日ならこれぐらいきれいな夕日はふつうに見られるだろうと思った。朝日ついても、星空についても然り。

それにしても、東京の星空が全然見られないのは残念である。街が明るすぎて、ほとんどの星の光が消されてしまっている。田舎にいたときは当たり前に見られたけれど、都会に出て初めてそれがどこでも「当たり前」でないことに気がついた。
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追記 2005-10-06 :
saki_roseさんの「秋の夕暮れ」の写真が美しかったので、トラックバックさせていただいた。
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by gonta_i | 2005-09-23 01:11 | 日常

『やがて哀しき外国語』

『やがて哀しき外国語』(村上春樹,講談社文庫,1997年) 2005-09-22読了

読後感想

1991年から二年半に亘ってプリンストン大学の客員研究員としてアメリカに滞在した経験を綴った全16篇のエッセイ。ジャズ、日米のマラソン大会、大学での講義、床屋、自動車など、いろいろな話題について書かれている。小説みたいにストーリーが一貫しているわけではないから、肩がこらずに読める。
ただ、ボクはアメリカ社会の詳しいことはよく知らないので、本文中に出てくる言葉(例えば「ヤッピー」など)といった言葉については、辞書で調べつつ読みすすめた。

読み終わって気がついたのは、著者はなにかについての主観を述べた箇所では、その後に、あくまでも私の意見ということを、直接的な言い方でないにしろ、くどいほど付け加えていることである。個人の意見を普遍化する人がたくさんいることを意識しているからなのだろうか。

個人的に面白く読めたのは、表題にある外国語について述べた章と、日米のマラソン大会について書いた章だった。

前者においては、結局自分は語学学習が苦手だということに40代になって初めて気がついたと書いてあった。語学の勉強は、根気が要るし、なにより強烈な動機付けがないと、特に未修外国語の習得は、必ず挫折すると僕は信じているから、彼のスペイン語の学習挫折談や語学学習観には共感できた。

後者の章においては、著者は、日本のマラソン大会の形式主義的なところ(開会式にお役人がぞろぞろいて、退屈極まりないことなど)を皮肉っていた。これは、日本ではマラソン大会に限らず、成人式、学校行事といった公の行事にはつきものだ。アメリカにはこういったものは一切ないとある。

ボクは、以前インドネシアの田舎で、国民体育週間(PON)の一環でおこなわれるサッカーの地方予選決勝大会を観戦したことがある。これはむしろ著者が書いているF市のマラソン大会よりもひどかった。子どもたちの入場行進に始まった開会式では、市長や体育課課長らの長々しい演説で1時間以上かかった。その間、集められた子どもたちは炎天下立たされて、みんなうんざりとした顔をしている。後方ではすでにボールが飛び交っている始末。座っている役人は役人で、演説も聞かずに世間話に花を咲かせている。開会式が終わったら役人らは帰ってしまって、結局決勝の試合は30分ほどで終了。試合が始まると、広場をたくさんの聴衆が取り囲んで、すごく盛り上がっっていた。
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↑そのサッカー大会開会式風景@インドネシア、東ヌサトゥンガラ州アロル島カラバヒ

日本とインドネシアの事例だけで、アジアの国々においては・・・と言ってしまうと、木を見て森を見ずといったことになるのでしょうね。

追記:
実はボクは村上春樹の小説が苦手なのだ。(彼の小説を)一冊しか読んでいないのにこれだから、食わず嫌いなのだろう。でも、紀行とエッセイなら大丈夫で、高校生のときに読んだ『辺境・近況』『雨天炎天』という紀行集は割りと好きである。
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by gonta_i | 2005-09-22 10:11 | 読書感想

「ティエン」夫人?

(以下、インドネシアのマニアックな話なので、興味なければ次の記事へ飛んでください。)

きのうのA日新聞(2005年9月20日)・朝刊では、「週間アジア」という枠で、インドネシアの一夫多妻の動きについて、半ページほどのスペースを割いて特集していた。知らなかったことも書いており、興味深く読んだ。(その記事はこちら。)
しかし、
記事にでていた、スハルト元大統領の夫人の名前が間違っている。
もし今もご存命だったら、夫人はこう怒るでしょうね、「なんと失礼な。これはちょっと慰謝料もらわないといけないござんすね。A日新聞の売り上げのティン(10)パーセントほどでよろしいから。財団があるから、そこに寄付という形がよろしいござんすわ。」

「ティエン夫人」とググってみると、思ったよりもけっこうヒットするから、驚く。けっこうありがちなミスということなのかなぁ。
ま、A日は「記事捏造」で名高いですからね (失礼、少々傲慢でした)。

以上、超マイナーネタでしたm(_ _)m
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今は使われていない50,000ルピア札です。
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右から、故ティン夫人、スハルト、オランダ女王ベアトリックス、その夫、息子(皇太子)(1995-08-15)
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by gonta_i | 2005-09-21 14:42 | インドネシア

22歳

今日、22歳の誕生日を迎えた。
もともと、うちの家族に誕生日を祝う習慣がなかったので、実家にいたときから今になってもうれしいという気持ちはわかない。そもそも日本を含めて世界のほとんどがグレゴリウス暦を採用しているから、この日が誕生日となるわけだし。そんなことは置いといて、今年は少し違った気分がする。

「ちょっと年をとったなあ」という感じである。

どんどん時が経つのが速くなってきている。酒をよく飲むようになったせいで、オヤジ化の波がもうやってきたのかもしれない。今のところ腹の出っ張りは大丈夫だが、小学生低学年までは太っていたので気をつけないといけない。毎日腹筋腹筋(汗)

あと、もう自分は子どもではないという思い。でも、これは、大学に入ってある時を経て思ったが、22歳になって改めて思う。
ボクは親戚11人の中でもいちばん年下だし、兄弟でも末っ子だから、これまでどうしても子どもとみなされてきた。これからもそうなのかもしれないけど。

去年は、免許を取るために能登半島にいて、(教習が厳しくて)大変だったから、誕生日を意識する暇もなかったし、おととしはインドネシアにいたから誕生日に気がつくこともなかった。

今年は、いろいろあって家にこもっていることが多いので、誕生日すら意識してしまうこととなったということか。

ま、23になったときに、「また年をくったけど、この一年はいい一年だったな」と思えるようにしたい。就職はまだまだ先のことだし、来年の春からはどうなっているか知らないが。
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by gonta_i | 2005-09-21 13:01 | 日常

片雲の風にさそはれて

「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、」
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芭蕉のことばだ。もう少し詳しくいえば、有名な『奥の細道』の冒頭部(序文)で、芭蕉が「ちぎれ雲が風に身をまかせ漂っているのを見ると、漂泊(=放浪)の思いを止めることができない」という気持ちを表している部分。僭越ながら、今の僕は、この思いを芭蕉とともにしている。

旅に生き、旅に死んだ男。
彼は50年で時間に殺されたが、声はいまだに生きている。

「さて、どちらへ行かう風がふく」(山頭火)

ああ、どこか旅に出たい、東南アジアに行きたい、インドネシアに行きたい

(冒頭の写真は、@インドネシア、スラウェシ島の某所。左がボク、その隣が仏文専攻で現在世界一周の旅にでているSくん。撮影者は同じ専攻で、現在インドネシアに留学中の友達。もらいものを使わせていただきました、感謝。)
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by gonta_i | 2005-09-20 10:17 | インドネシア