ゴンタ                気ままな日記です。


by gonta_i
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
by gonta_i | 2006-08-23 01:24 | 読書感想
Excite エキサイト 社会ニュース: <訃報>茨木のり子さん79歳=詩人

偉大な女性詩人が逝った。昨年亡くなった石垣りんの後を追うかのように。
文学史的な位置づけでは、茨木のり子は「女性のひたすらな生命力と未来への希望を歌った詩人」(出所略)であるという。

ボクの本棚には、彼女の書いた『詩のこころを読む』という本がある(岩波ジュニア新書,1979年)。買いっぱなしでこれまで読んでいなかったが、新聞で訃報を知ってはじめてページをめくった。ごめんなさい。

内容は、若い人向けに選んだ戦後期の詩の数々に、一つ一つ丁寧に解説したもの。彼女自身の詩は入っていない。
5つの章から成っていて、最終章の題は「別れ」となっている。
本の最後の最後に、死後の世界について語った文章が、印象的だった。

 これから先、いろんなことが科学的に解明されていくでしょうが、死後の世界のことはついにわからずじまいで最後まで残るでしょう。・・・(中略)・・・
 でも、どうやっても、たった一つだけ、わからないことがあるというのは、考えてみれば、素敵に素敵なことではないでしょうか。そんなことを感じさせ、考えさせてくれる詩です。(『詩のこころを読む』,220頁)
 一つだけ分からないことがあるというのは、素敵なこと。いかにも詩人らしいとらえ方だと思う。
これを書いてから、25年以上が経ち、どのような思いであの世に旅立たれたのかは知る由もないが (というか詮索するのが失礼)、
少なくとも茨木さんが日本語に加えた富は、これからも生きつづけるだろう。

最後に、中学生くらいの頃読んで、軽い衝撃というかジョブパンチを食らったような感覚に襲われた、「自分の感受性くらい」という有名な詩を記して、今日は筆を置きたい。

More
[PR]
by gonta_i | 2006-02-21 12:07 | 読書感想

幸田文 『木』

幸田文.『木』 新潮文庫,1995. 2006-01-28読了.

読後感想

「木」について綴った短編物のエッセイ集。
高校の現代文の教科書で、この本に収められている「ひのき」、「材のいのち」を読んだことがあった。そのときの記憶が頭の隅に残っていて、幸田文の本を一冊読みたいと思っていた。

感想としては、エッセイごとに面白いのと、面白くないものの差が大きかった。
全体的に文章が引き締まっているように感じた。独特の言葉遣いをしているからだろうか。
だから、木にたいする「かわいそう」「せつない」といった主観が書かれていても、違和感をあまり感じなかった。
[PR]
by gonta_i | 2006-01-30 15:45 | 読書感想

読んだ本@2005年

最近は、ぜんぜん読書をしていない。自分の好きな本を読むという意味で。

卒論をやっているので、活字はけっこう読んでいる。でも、論理だけで貫かれた本って、面白さに欠けるし、読んでいて疲れるんです。(これは、自分の読解力のなさを棚に上げる言い訳か・・・)
丸々一冊読んだという達成感を味わえないし、何より小説に飢えてくる。

卒論が終わったら、ゆっくりと自分の好きな本を読み耽りたいと思っている。

ボクは、読み終わるごとに書誌情報と一口感想と読み終わった日付を「読書ノート」なるものにつけるようにしている。(面倒でいい加減につけることもよくある)
その「読書ノート」を見たら、2005年は61冊の本を読んでいた。

月別にみると、一番多いのが8月で15冊、いっぽう一番少ない11月は0冊。忙しくなるほど、本を読まなくなるようです。
2005年は、読んだ数は少なかったけれど、駄本の割合が少なく、いろいろいい本とめぐり遭えたので満足している。

ゴンタの独断と偏見によるものだが、いちばん印象に残った本と、いちばん下らなかったと思う本を挙げておきたい。

2005年、いちばん印象に残った本(カッコ内()はノートに書いた感想です。一部ブログ用に改変しました。)

Y.B.マングンウィジャヤ.舟知恵訳.『香料諸島綺談』めこん,1996.
(昔の庶民って、どういう物を食って、どういう日常生活を送っていたのだろうと疑問に思うことがある。例えば、300年前の自分の先祖とか。ドラえもんのタイムマシーンがなくても、こういう疑問に歴史小説が答えの一端を示してくれることがある。マングンウィジャヤのこの小説には、モルッカ(マルク)諸島にヨーロッパ人がやってきた時代(16世紀前半~)、現地の人たちが何を思いながら、どういう日常生活を送っていたのかということが叙情たっぷりに描かれている。もちろん、フィクションなんだけれど。
モルッカ諸島で当時権勢を振るったのは、テルナテとティドーレという王国だ。両者は交易で力をつけ、覇を争ったが、なんとテルナテ島とティドーレ島の位置はわずか1~2キロしか離れていない。テルナテもティドーレも小さな島だから、当然、自分の島では食料や労働力が確保できなかった。そのため、物語の中心舞台となった周辺地域から、これらを供給していたのだ。
ストーリーは面白い。それに、訳文が美しい。訳者の舟知さんは一度お会いしたことがある。快活なばあさんだった。70年代に旦那さんのジャカルタ赴任についていき、3、4年滞在したときにインドネシア語を勉強したらしい。だから、インドネシア語はそんなに流暢に喋れないと言われていた。謙遜ではなく、たぶん、その通りだろう。でも、このおばあさんには、ずば抜けた日本語表現力があるはずだ。マングンウィジャヤの文章は授業で読まされたことがあるが、文体が凝っていてかなり難しい。この小説の原文もかなり難解じゃないかと推測するけど、よくこんなきれいに訳せるもんだ。感服してしまう。
人づての情報だが、最近舟知さんは亡くなられたらしい。もし、本当なら冥福を祈りたい。)

2005年、いちばん下らなかった本

養老孟司.『バカの壁』新潮文庫,2003.
(ブックオフで100円で購入。単刀直入に言って、読む価値なし。編集者に語った内容を活字化したもの。しょーもないことがだらだらと書かれている。この人は、解剖学者としてはスペシャリストなのだろうが、なんでも物を語れるジェネラリストではない(のではないか)。ベストセラーといった類の本は、やっぱり下らないものが多い気がする。)

2006年は数の多さはこだわらずに、楽しい読書をしたい。
[PR]
by gonta_i | 2006-01-12 22:50 | 読書感想
『シンガ・マンガラジャの構造』 (大林太良、青土社、1985年.) 2005-11-06読了.

読後感想

文化人類学の泰斗である著者が、東南アジアの神話について綴った9つの論文を集めたもの。タイトルは、本書中心をなす章の題からとってきている。
論文集なので、難解な部分が多く、読破するのに時間がかかってしまった。

本書の中心となる章で出てくる、「シンガ・マンガラジャ」伝説の存在した北スマトラ地方は、昨年末に津波の大被害を受けたアチェ地方の南隣の地域。ここに住むバタックと呼ばれる人たちは犬肉を食べることで有名だ。(注)
去年の春休みにこの地方を旅したときに、現地の人に犬肉バーベキューに誘われたことがあった。ボクは実家にいる愛犬クロを思い出して、好奇心を抑えつつ丁重に断った。「黒い犬が、いちばんおいしくて体にいいんだ。」といっていた。まさにうちの犬である。

話がそれた。本書の著者は2001年に亡くなっているが、日本文化論に多大な貢献をのこし、出身大学にこだわらず多くの人類学者を育ててきたという。ある本には、「彼の知識、見識は他の追随を許さない」と書いてあった。確かに、この本を読むとそれに頷ける気がする。
各章とも、東南アジアのそこらじゅうの民族の神話を引っ張ってきている。冒頭に読破するのに時間がかかってしまったと書いたが、内容は卒論に活かせるもので収穫があった。

最後に、本書をくださったSariさん(「生きるも死ぬも」)に感謝いたします。

---
(注)キリスト教徒が大半を占めるバタック人でも、南端地方の人たちにはイスラーム教徒が多く彼らは犬をけっして食べないという。
[PR]
by gonta_i | 2005-11-07 01:16 | 読書感想

『自家製 文章読本』

『自家製 文章読本』(井上ひさし,新潮文庫,1987(1983)年.)
2005-10-20読了.

読後感想

「言語の目的とはなにか」という問いに基づいて、著者は自家製なるこの文章教科書を書いている。
だから、全体を通して言語の話がいろいろ出きており、作文技術に終始する一般的な文章読本とは一線を画している。しかし、内容は固すぎもせず、ユーモアも織り込まれているので、納得しながら楽しく読めた。
ちなみに、冒頭の「言語の目的とはなにか」という問いに対して著者は、「言語第一の目的は伝達と表現である」(258頁)と述べている。

読み終えて気がつくことは、井上ひさしは研究熱心でとても頭がよいということ。おそらくこの人は、言語学の理論を完璧に押さえている。

この本を読んで、言語学の祖と言われるソシュールに対する興味を深めることができた。
ボクの専門は言語学ではないけど、言語学の知識は、人文科学的性格の強い学問(文学、歴史学、哲学など)をやる人にとっては役に立つだろう。
今度、時間があればソシュールに関連する本を読んでみようと思っている。

でも、その前に同じ著者の『私家版 日本語文法』のほうが先だ。
[PR]
by gonta_i | 2005-10-23 00:29 | 読書感想
『人類最古の哲学:カイエ・ソバージュⅠ』(中沢新一,講談社選書メチエ,2002年.) 2005-10-18読了.

読後感想

中央大学での講義録をまとめたものがこの「カイエ・ソバージュ」シリーズで、
本書は、全5巻のうちの第一巻。

講義録とだけあって、読みやすい。しかも内容がおもしろいので、4日間の行き帰りの通学電車のなかで読みきってしまった。

本書は、神話が主題となっていて、内容の6割は世界じゅうの「シンデレラ物語」の説明である。
神話と言えば、個人的には、『古事記』のストーリー性と純朴さエロスとに満ちた八百万の神々の時代(=神代編)の物語が好きだ。

神話とは、いかにして世界と人類が今のかたちをとるようになったか、を説明したもの。たんなるおとぎ話にしか見えなくても、実は意味の深い世界観を持っている。神話のなかの、神々、英雄、動植物といったものはなにかの象徴や機能を果たしているのだ。
日本では『古事記』、『日本書紀』が神話を含んでいる。
例えば、『古事記』の冒頭のイザナギとイザナミの国生み神話(読むと腹を抱えて笑ってしまう)にも、深い意味があるということ。

本書には、序章に神話学の研究史(フレーザーやレヴィー・ストロースの仕事)や、「バナナ型神話」などといった概説的なことが簡潔に説明してあるので、神話学を知るための足掛かりともなると思う。

---
Largo Lifeさんの「大丈夫なのか芥川龍之介。」よりトラックバックさせていただいた。
[PR]
by gonta_i | 2005-10-19 01:25 | 読書感想

『戦争の悲しみ』

『戦争の悲しみ』(バオ・ニン著,井川一久訳,めるくまーる,1997年.)
2005-09-03読了

読後感想

大学の夏休みはもう終わってしまったが、夏休みの間に読んだ本のなかでいちばん印象に残っているのが、ベトナム人がベトナム戦争を描いたこの小説。

ベトナム戦争を扱った小説というと、ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』が思い浮かぶ(これは村上春樹が翻訳している)。
アメリカ人の側から描いたベトナム戦争の小説は多くあるが、ベトナム人が書いたものとしてはこのバオ・ニンの作品が欧米諸国においても高く評価されているようだ。

ストーリーは、主人公である北ベトナム陸軍兵キエンが、米軍、南軍との死闘から命からがら生き残り、戦後、遺骨収拾隊員を経て除隊し、作家になるが、戦争のトラウマから逃れられず、精神の崩壊へと進んでいくというもの。

ボクにとっては、キエンが出征の挨拶のために義父を訪ねたとき、詩人でもある義父がキエンにかけた言葉が心に残った。というのも、彼は自分の貧しさを見せないような整った身なりでキエンを迎え、品格ある態度でこう話したからだ。


君は、そう、戦争に行くんだね。私には止められない。私は年寄りで、君は若い。止めたくても、止められないよ。

ただ、君にわかってほしいことがある。地上にいる者の義務は、何はさておき生きることだ。死んだり殺したりすることはないんだよ。でもまあ、君は前線で、あらゆる種類の人生を、人生の本質を味わうことができる。悪いことでなければ何でも貪欲にやってみることだね。人生に背を向けてはいけない。

一見立派な何かを証明するために自分で死んでみせようとしたり、他人に死ねと言ったりする馬鹿者たちには警戒しなさい。・・・

君は私たちがこの世に残す唯一の存在だ。君の母親、本当の父親、それから義父の私がね。そんなことがあっても生きのびて、必ずハノイに帰ってくるんだぞ。君の前には、まだ多くの歳月、楽しみと喜びと、その他多くのことを味わう歳月がある。
とにかく生きのびなさい。
君以外の誰に君の人生を生きることができるだろう。
(77-78頁)
---

実はこの小説は、訳本をめぐっていろいろな論争があったようだ。そのことは詳しく知らないので、ここでは書かない。
だから、ベトナム語から訳したもう片方の翻訳も読もうと思ったが、絶版となっており、また大学の図書館にも区の図書館にもなかったので、あきらめた。
[PR]
by gonta_i | 2005-10-05 00:31 | 読書感想

『やがて哀しき外国語』

『やがて哀しき外国語』(村上春樹,講談社文庫,1997年) 2005-09-22読了

読後感想

1991年から二年半に亘ってプリンストン大学の客員研究員としてアメリカに滞在した経験を綴った全16篇のエッセイ。ジャズ、日米のマラソン大会、大学での講義、床屋、自動車など、いろいろな話題について書かれている。小説みたいにストーリーが一貫しているわけではないから、肩がこらずに読める。
ただ、ボクはアメリカ社会の詳しいことはよく知らないので、本文中に出てくる言葉(例えば「ヤッピー」など)といった言葉については、辞書で調べつつ読みすすめた。

読み終わって気がついたのは、著者はなにかについての主観を述べた箇所では、その後に、あくまでも私の意見ということを、直接的な言い方でないにしろ、くどいほど付け加えていることである。個人の意見を普遍化する人がたくさんいることを意識しているからなのだろうか。

個人的に面白く読めたのは、表題にある外国語について述べた章と、日米のマラソン大会について書いた章だった。

前者においては、結局自分は語学学習が苦手だということに40代になって初めて気がついたと書いてあった。語学の勉強は、根気が要るし、なにより強烈な動機付けがないと、特に未修外国語の習得は、必ず挫折すると僕は信じているから、彼のスペイン語の学習挫折談や語学学習観には共感できた。

後者の章においては、著者は、日本のマラソン大会の形式主義的なところ(開会式にお役人がぞろぞろいて、退屈極まりないことなど)を皮肉っていた。これは、日本ではマラソン大会に限らず、成人式、学校行事といった公の行事にはつきものだ。アメリカにはこういったものは一切ないとある。

ボクは、以前インドネシアの田舎で、国民体育週間(PON)の一環でおこなわれるサッカーの地方予選決勝大会を観戦したことがある。これはむしろ著者が書いているF市のマラソン大会よりもひどかった。子どもたちの入場行進に始まった開会式では、市長や体育課課長らの長々しい演説で1時間以上かかった。その間、集められた子どもたちは炎天下立たされて、みんなうんざりとした顔をしている。後方ではすでにボールが飛び交っている始末。座っている役人は役人で、演説も聞かずに世間話に花を咲かせている。開会式が終わったら役人らは帰ってしまって、結局決勝の試合は30分ほどで終了。試合が始まると、広場をたくさんの聴衆が取り囲んで、すごく盛り上がっっていた。
e0075624_20491669.jpg
↑そのサッカー大会開会式風景@インドネシア、東ヌサトゥンガラ州アロル島カラバヒ

日本とインドネシアの事例だけで、アジアの国々においては・・・と言ってしまうと、木を見て森を見ずといったことになるのでしょうね。

追記:
実はボクは村上春樹の小説が苦手なのだ。(彼の小説を)一冊しか読んでいないのにこれだから、食わず嫌いなのだろう。でも、紀行とエッセイなら大丈夫で、高校生のときに読んだ『辺境・近況』『雨天炎天』という紀行集は割りと好きである。
[PR]
by gonta_i | 2005-09-22 10:11 | 読書感想

『野火』

『野火』(大岡昇平,新潮文庫,1954(52)年(初版).) 2005-09-12読了

読後感想

物語の舞台は戦中のフィリピン、レイテ島。肺病のため軍隊と病院から追放された「私」が、孤独と絶望の彷徨生活を続け、途中現地女性を射殺してしまい、ついには人肉を食べるところまで追い詰められるというストーリー。

生と死の間をさまようと、こういう心理状態に追い込まれるものなのかと思わせる作品だった。これはあくまで一個人体験に過ぎないが、今は亡き自分の祖父も戦争末期にトラック諸島(現在のミクロネシア連邦)で瀕死の体験をくぐりぬけているから、どうしてもそういう僕のおじいちゃんの姿と重ねずにはいられなかった。

ストーリー自体は、僕にとっては、あまり面白くなかった。やはり、この夏休みに読んだもののなかで、ストーリーがいちばん面白かったのは、ヴェトナム人バオ・ニンがヴェトナム戦争を描いた『戦争の悲しみ』である。これについては、回を改めて感想を書きたい。

手元には、同じ著者(大岡昇平)による『俘虜記』、『レイテ戦記』があるが、まだ読んでいない。持っているのに読んでいない本が増えていって、情けない。
[PR]
by gonta_i | 2005-09-17 10:51 | 読書感想